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大願寺について

真言宗智山派雄翔山大願寺

当寺は、前智山派管長宮坂宥勝猊下のご寺坊、照光寺の法類です。大願寺の寺号は猊下から授かり揮毫されたものです。

住職の得度の戒師は宮坂宥勝猊下、師僧は宮坂宥洪照光寺住職です。

住職は、世襲のお坊さんでなく、在家から発願してお坊さんになりました。いろいろな仕事を経験してきており、人生経験豊富ですので適切なアドバイスが得られます。

大願寺は、みんなでつくる、みんなのためのガラス張りの寺院つくりを心がけています。こどもからお年寄りまで、家族的で心のかよう暖かいお寺です。とにかく若い信徒さんが多いのが特徴です。

不動明王との出会い

昭和60年(1985)5月頃、深夜にお経を唱えていると、突然「アチャラ」という声が3度、間をおいて耳から聞こえました。翌日もお経を唱えていると、何かが体に中に入り込んでくるものを感じました。

ある日、脳裏に語りかけてくる声に従って本屋さんに入ると、「右に行きなさい、左に行きなさい、突き当たりの右の書棚の3段目にある本を取って開きなさい」と次々と指示をされました。立ち止まった所にあったのは赤い分厚本でした。本には「総覧不動明王」と書いてありました。本の中に全国のお寺の不動明王の写真が載っていました。その本を立ち読みしていると「アチャラ」という言葉を見つけました。サンスクリット語で不動明王のことをさす言葉と知りました。

私はお不動さまに身を任せる決心をして「どうか私を導いて下さい」とお祈りいたしました。そしてすべてを捨てて修行に邁進しました。

空腹に耐え、貧乏に耐え、世間体を捨て時間を惜しまず瞑想や読経をし、沖縄本島北部の密林の中を地図を持たず、ハブも恐れず歩き回り、山の中の川で水行を行ったり、海の地平線から太陽の上るの見ながら崖っぷちでの修行もしました。

昭和61年(1986)年3月に人を救うことが許されました。その時、仏さまと誓ったのが「衆生済度」です。

大願寺のできるまで

ある日、遠い親戚の女性が訪ねてきました。この方の原因不明の病気をなおしたことがきっかけで、人伝いに噂が広まり訪れる人が増えてきました。

一人の女性との出会いから始まったアパートでの活動はどんどん信徒が増えて組織をつくり運営できるようにまでなってきていました。

そんな折、たまたま大法輪という月刊誌に「阿字観法」を実践しているお寺の記事を見つけ、そのお寺を訪ねたくなって、すぐに電話して行くことになりました。長野県岡谷市にある照光寺です。

いままでの経緯を話をすると、副住職から「智山派と縁があるから得度をしたらどうか」と勧められました。聞いてみると大阪で生活していた頃通った瀧谷不動明王寺も、京都でよくお参りをして瓦の寄進をしたことがある智積院も、みんな真言宗智山派のお寺でした。しかも智積院は智山派の総本山であることを知り、宗派のことを知らなかった私には驚きでした。不思議なご縁を感じざるをえませんでした。

しかし、いきなり得度を勧められたので、即答することが出来ず、沖縄に戻って信徒と相談しました。大多数の信徒が賛成してくれたので意を決して平成5年7月に照光寺で得度をしました。

多くの信徒も参加してくれました。照光寺で加行をして、翌年3月に灌頂を受けて正式に智山派の教師となりました。平成8年2月に現在地に移り、同年6月に本尊不動明王を師僧に開眼していただきました。照光寺の信徒も大勢参加していただきました。

平成9年2月に智山派の寺院として認証され、平成24年に念願の宗教法人格を取得し、今日に至っています。

法名と使命

師僧からいただいた「宥海」という法名には3つの意味があります。

一つめは、照光寺に実在した僧の名前をいただいた事

二つめは、照光寺法類の「宥」の一字を頂戴した事

三つめは、沖縄は海に囲まれているので「海」の字がふさわしいとの事

そして師僧から「沖縄の空海」になってがんばってほしいと過分な期待を込められたお言葉を頂戴しました。

名前の大きさに圧倒されながらも夢に向かって悪戦苦闘しながら密教を伝えるとことと、衆生済度に孤軍奮闘、精力的にがんばっています。

ご両人とも偉大な現代の密教学者ですが、学問もない知識の乏しい私は、弟子としてふさわしくないかも知れません。しかし、仏と一体となった我が身は、だれよりも仏を身近に感じ、仏の力を発揮して、確かな教えを施すことができる自負心があります。

学問の分野においては次代に譲るとしても、釈尊の説いた教えを密教のコスモロジーの考え方で広めていく努力をしたいと思っています。万民が安心を得て暮らせる世の中が一日も早く実現できるように、日本の一番遠くから祈りを捧げたいと思います。

悲しいことに平成23年1月に宮坂宥勝猊下は遷化されました。

先師尊霊の碑をたて報恩感謝の誠を捧げ祈っております

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